大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ワ)5317号 判決 1995年1月27日

反訴原告

安田和夫

反訴被告

株式会社フジ技工

ほか一名

主文

一  反訴被告らは、反訴原告に対し、各自金一二四万二三〇五円及びこれに対する平成四年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを七分し、その一を反訴被告らの、その余を反訴原告の負担とする。

四  この判決は、反訴原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

反訴被告らは、反訴原告に対し、各自金八四六万〇四〇〇円及びこれに対する平成四年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故で傷害を負つたとする反訴原告が、加害車両の運転者に対し民法七〇九条に基づき、保有者に対し自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償請求した事案である。

一  争いのない事実など(証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実を含む。)

1  事故の発生(甲一)

(1) 発生日時 平成四年三月二九日午後四時ころ

(2) 発生場所 大阪府八尾市八尾木北四丁目九八番地先路上(以下「本件事故現場」という。)

(3) 加害車両 反訴被告株式会社フジ技工(以下「被告会社」という。)所有、反訴被告松本憲明(以下「被告松本」という。)運転の普通乗用自動車(大阪七八ぬ一四六〇、以下「被告車」という。)

(4) 被害者 本件事故現場付近を横断中の反訴原告(昭和二八年一二月三日生、本件事故当時三八才、以下「原告」という。)

(5) 事故態様 本件事故現場で被告車と原告が衝突したもの

2  被告会社の責任原因

被告会社は、被告車の保有者である。

3  損害の填補

被告らは、直接原告に対し二四二万五〇〇〇円、安中診療所に文書料として八〇〇〇円、日本橋病院に治療費として六万二六五〇円合計二四九万五六五〇円を支払つた。

二  争点

1  被告松本の過失、被告会社の自賠法三条但し書の免責

(1) 原告の主張

本件事故は、被告松本が、被告車を運転して、本件事故現場付近道路を進行するにあたり、進路前方の車両が対面赤信号で停止していたにもかかわらず、進行しようとして、前方不注視のまま漫然と進行させた過失により、本件道路を東から西に横断中、道路中央付近のゼブラゾーン上で対向車線を見て立ち止まつていた原告の上半身部分に被告車を衝突させて発生させたものであるから、被告松本は民法七〇九条に基づき、原告の本件事故による損害について賠償責任を負う。

(2) 被告らの主張

本件事故は、被告松本が被告車を運転して本件事故現場付近にさしかかつたところ、数台の車両が前方交差点手前で信号待ち停止していたため、前車に続いて停止しようとした寸前、原告が進路左側(東側)から信号待ち停止車両の間隙をぬつて、突然被告車の方向に進出してきて被告車の左側面に接触したに過ぎず、被告松本には過失がない。また、本件事故当時、被告車には何らの構造上の欠陥、機能障害はなかつた。

従つて、被告らには本件事故による原告の損害について賠償責任はない。

2  原告の受傷の有無、程度

(1) 原告

原告は、本件事故により、右腕・右肩・右肘部等打撲、頸椎捻挫の傷害を負い、本件事故当日の平成四年三月二九日から平成五年七月六日まで治療を要した。

(2) 被告ら

原告の受傷の有無、程度は争う。

3  損害額

第三争点に対する判断

一  被告松本の過失、被告会社の自賠法三条但し書の免責

1  証拠(甲二、検甲二の1ないし7、証人樋口久仁男、証人松本弘敏、原告本人、被告松本本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故現場付近の道路状況は、概ね別紙図面のとおりであり、南北にのびる道路(以下「本件道路」という。)と東西にのびる道路とが交差する信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)の北の本件道路上である。

本件道路は、市街地にある、交通量は普通、片側各一車線、東側にのみ歩道が設けられている道路であるが、本件交差点の北側三〇ないし四〇メートル付近から、南行車線は右折専用車線が設けられて二車線となつている。二車線となる手前の南行車線の北方向には右折車線への車両の導流を目的として車両立入り禁止部分(以下「ゼブラゾーン」という。)の道路標示がなされている。その西側に三宏重量株式会社(以下「三宏重量」という。)の入口がある。

(2) 被告車は、本件交差点で右折すべく、本件道路を南進中、本件交差点の対面信号が赤色表示であつたため、右折車線の最後尾の車両の後ろに停止しようと減速して、右折車線を走行中、第一車線に停止中の車両の間から本件道路を東から西に横断しようと出てきた原告の右肘に被告車のフロントガラスの左下付近を衝突させた(なお、原告は、本件交差点南東角の石油スタンドで本件道路を北進してきた三宏重量の車両から降車し、同社に行くべく本件交差点を青信号に従つて南から北に横断して、三宏重量前付近で停止車両の間を通つて横断を開始し、ゼブラゾーン内で左の安全を確認しているところを衝突されたと供述するものであるが、本件事故を担当した警察官の「事故後の当事者の事故態様の説明は一致し」、「原告もゼブラゾーン付近で衝突したとの話もしていなかつた」との証言(証人樋口久仁男、同松本弘敏)によれば、右供述部分は採用できない。原告が三宏重量へ行くためであつても、本件道路の対面信号が赤になり、進行車両が停止すれば、同社の入口付近に至る前に横断を開始しても決して不自然でなく、同社に行こうとしていたことをもつて直ちに同社入口前付近を横断していたとの原告の右供述部分を採用することもできない。また、被告松本は、原告のバツグ内の荷物がフロントガラスに当たつたものであり、原告の肘は当たつていないと供述するが、本件事故後、警察官に事故態様を説明した際、原告の荷物を確認しておらず、また、本件事故翌日の医師の診察によつて右肘部の圧痛も認められるところによれば、右供述部分は採用できない。)。

以上の事実が認められる。

2  右事実によると、被告松本は本件交差点付近において、対面信号が赤表示を示し、左側車線に何台か停止車両があつたのであるから、横断歩道外を停止車両の間から横断する歩行者に注意をして進行すべきであつたのにこれを怠つた過失が認められる。

従つて、被告車の保有者である被告会社の免責は認められない。

3  しかしながら、原告も被告車の対面信号が赤表示とはいえ、停止車両の間から被告車の直前を横断しようとした落ち度は否定できず、前記道路事情をも勘案すると二五パーセント過失相殺をするのが相当である。

二  原告の受傷の有無、程度

証拠(甲三の1、四の1、2、五の1、2、六の1、2、八ないし一〇、一三、乙一七、二〇、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告の受傷部位・程度、治療経過、症状の変化について、以下の事実が認められる。

(1)  原告は、本件事故当日である平成四年三月二九日には治療機関に赴かなかつたが、翌三〇日に八尾市内の安中診療所で受診した。同診療所で原告は、右肘がフロントグラスに当たつたと医師に説明し、右肩、右肘に圧痛が認められた、右肘関節打撲、右肩関節外傷性関節炎で約一〇日間の安静加療を要すると診断された。

(2)  同年四月一日に大阪市浪速区内の佐藤病院で受診し、項部ないし右肩痛、両肘痛を訴えたが、頸部のレントゲン、MRIでは外傷性変化は認められず、頸部捻挫、右肩・両肘部打撲と診断され、ブロツク、消炎鎮痛剤投与、理学療法等による治療が平成五年七月六日までなされた。症状としては、当初頭痛、頸部痛、右肩痛、四月末にはふらつき感も出現したが、八月には右肩痛は軽減し、その後は、頸部痛、ふらつき感が持続した。平成五年三月一六日には初期に比べ症状は軽減し、軽作業は開始したと原告が医師に告知したが、同年四月下旬には仕事をすると辛いとも告知している。

なお、実通院日数は、同年四月―一六日、五月―一二日、六月―一七日、七月―一九日、八月―一五日、九月―一八日、一〇月―二〇日、一一月―一三日、一二月―一三日、平成五年一月―一二日、二月―一〇日、三月―八日、四月―六日、五月―一一日、六月―八日、七月―二日の合計二〇〇日であつた。

(3)  平成四年五月一三日には、頸部痛、左上肢のしびれが改善しないとして、大阪市中央区内の日本橋病院で検査目的で受診し、頸椎MRIにてヘルニアの所見は認められなかつたが、変形性頸椎症の所見が認められ、頸椎症、頸椎椎間板ヘルニアの疑いと診断された。

(4)  平成四年一〇月二〇日には、ふらふら感のため、大阪市立大学医学部附属病院で受診し、平衡機能検査で末梢前庭機能障害が疑われ、眩葦症と診断され、同病院で投薬治療も受けた。

(5)  平成五年七月六日、前記佐藤病院で症状固定と診断されたが、その診断書には、原告の自覚症状として「頸部痛、背部痛、ふらつき感、項部痛」、他覚的所見として「握力が右六四キログラム、左四〇キログラム。頸椎部のレントゲン所見では外傷性変化を認めないが、第六・第七頸椎椎間孔狭小化を認める。MRI所見では脊柱管狭窄は認めない。日常生活動作は就業したり、雨天、寒冷時に倦怠感を訴えるとともに上記自覚症状が増強する」と記載されている。

以上の事実が認められる。

2 右事実によると、本件事故により、原告は、右肘を打ち、その外力の間接的影響で右肩痛、頸部痛等の症状を呈したことが認められ、その通院治療状態、症状の改善、医師の後遺障害診断書によれば、前記症状固定日まで通院治療を要したと認めざるを得ないが、他方で、本件事故当日は受診しなかつたうえ、当初の診断では一〇日間の安静加療を認める程度であつたから、軟部組織の損傷に止まる程度の受傷であると推認しうる程度のものであつたこと、一か月余り経過しても症状が軽快しなかつたため頸椎MRI検査を行つたが、本件事故による外傷性変化は認められず、変形頸椎症の所見が得られたに過ぎなかつたこと、頸椎椎間孔の狭小化による神経根圧迫の有無を診断するためのスパーリングテスト等の諸検査もなされていないことが認められ、これに他覚的所見に乏しい頭痛、頸部痛、ふらふら感といつた症状が雨天、寒冷時に増強するといつた原告の症状に照らすと、原告の治療が長期にわたつたのは、心因的要因による寄与があつたものと認めざるを得ず、その割合は二割と認めるのが相当であり、損害額算定に当たつては、右割合による控除がなされるべきである。

三  損害額(以下、各費目の括弧内は原告主張額)

1  治療費(一〇五万六〇五〇円) 一〇五万六〇五〇円

証拠(甲三の2、六の2、乙二一の1ないし3)によれば、原告の治療費として、佐藤病院分九七万三一八〇円、安中診療所分二万〇二二〇円、日本橋病院分六万二六五〇円の合計一〇五万六〇五〇円を要したことが認められる。

2  休業損害(六二五万円) 三八二万三八七五円

証拠(乙一〇、一三、一九の1ないし3、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、三八歳の健康な男子であり、大学卒業後、転職を経て、一〇年以上前から鳶の仕事に加え、高所での溶接、組立作業に従事する鳶鍛冶工として稼働し、本件事故前二か月の平均月収は四六万三五〇〇円であり、日給は概ね一万九〇〇〇円から二万一〇〇〇円であつたこと、本件受傷による前記部位の痛み、ふらふら感等のため本件受傷後症状固定までの間は鳶鍛冶工として稼働することは困難で、平成四年三月ころから軽作業に従事したに止まつたこと、平成五年一月二六日の大阪市立大学医学部附属病院の医師の診断では、フラフラ感が持続しているので、できる範囲の労働は軽労働であるとしていることが認められる。

右事実によれば、原告が鳶鍛冶工として稼働しえなかつたことは前記のとおりであるが、前記症状によれば、一年弱全く就労が不能である程の傷害とも認められず、通院状況等を総合勘案すると、当初三か月は一〇〇パーセント、その後九か月は五〇パーセント、その後三か月は二五パーセント程度その就労能力が制限されたと認めるのが相当である。そうすると、休業損害は、三八二万三八七五円となる。

(計算式)463,500×(3+0.5×9+0.25×3)=3,823,875

3  通院慰謝料(一五五万円) 一一〇万円

前記認定の本件事故による原告の傷害の部位、程度、治療経過、症状固定までの通院期間、実通院日数等に照らすと、慰謝料として一一〇万円が相当である。

4  ホテル代・食事代の損害(一八〇万円) 〇円

原告は、本件事故による受傷がなければ、飯場・旅館に雇い主負担で泊り込んで仕事ができたにもかかわらず、休業したため、宿泊料・食事代を自己負担したとして休業期間中の右金員を請求するところ、原告本人によれば、本件事故当時の稼働先は、自ら宿泊料を負担して通勤していたことが認められ、右の泊り込んでの仕事が常にある蓋然性は認められず、本件事故と相当因果関係のある損害とは認めることはできない。

5  小計

以上によれば、原告の本件事故による損害額(弁護士費用を除く)は、五九七万九九二五円となり、前記過失相殺により二五パーセントの控除をすると四四八万四九四三円となり、さらに寄与度による二割の減額をすると三五八万七九五五円となる。これから、前記既払金二四九万五六五〇円を控除すると一〇九万二三〇五円となる。

6  弁護士費用(三〇万円) 一五万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は一五万円と認めるのが相当である。

四  まとめ

以上によると、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し金一二四万二三〇五円及びこれに対する不法行為の日である平成四年三月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 髙野裕)

別紙 <省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例